不思議なお話No1  不思議の世界に興味を抱いたわけ


 僕が不思議な世界に興味を持ち始めたのは、学生時代に体験したある出来事が発端です。もちろん、子供の頃からいろいろ不思議なことはあったのですが、昔の記憶ですから靄がかかってきておりますし、それが友人や親が言うように夢であったかもしれないという思いもありますので自信をもって語ることは出来ません。
 ですが、その出来事は、今でも、それが起こった場所や情景、その場に居合わせ不思議体験を共有した人々の驚きと困惑の表情まで、つぶさに思い出すことが出来るのです。

 その頃、僕は大学にも行かず一人でふらふらと旅をしていました。その時は東北地方を回っていたのですが、お金もなくなり、いつもたんまり小遣いをくれる母の姉である伯母の家にたち寄ったのです。すると伯母から、祖母の納骨式が3日後に行われることを告げられました。もちろん僕の母も来ると言います。僕が大喜びしたのは言うまでもありません。お小遣いをくれるスポンサー達が一同に会するわけですから。鴨ネギとはよく言ったものです。
 さて、この伯母ですが10年ほど前に旦那を亡くしています。また長兄次兄に代わって母親を引き取り面倒をみてきましたので、長兄は大学教授、次兄は山形の地場産業の社長と普段はふんぞり返っているものの、二人ともこの妹には頭が上がりません。まずはそんな背景があることを念頭に、続きをお読み下さい。
 
 その日、伯母の家に泊まった僕ら親子、叔父、叔母や従兄弟等で何かとにぎやかな夜を過ごし、翌朝には新たに加わった伯父(長兄次兄)たちを含めてふたたびワイワイガ20人近い人々が居間のあちこちで話に夢中になっていました。
 そんな中、ふと気づくと、長兄次兄が隅の方で口げんかしていまた。どちらが親孝行だったかといういつもの論争です。あのとき、自分はこうしたのに、お前は何もしなかったといった大人げないどうでもいいことを互いに言い争っています。
 また始まったと、皆が皆呆れて、還暦近い長兄次兄の子供じみた言い争いに冷笑を浴びせていたのですが、最後には伯母の「いい年して、いいかげんにしなさい」の一喝で二人は口を閉じたのです。
 そんな一瞬の沈黙を待っていたかのように、それまですやすやと寝ていた従兄弟の子供の弟の方が火のついたように泣き出しました。可愛い盛りですから、伯母もすっ飛んでいって孫を抱き上げあやします。
「ぼくちゃん、どうしたの?おっかない夢でもみたの?」
しゃくり上げながら子供が
「ばあちゃんが・・・」
と言って、また泣きじゃくるのです。
「ばあちゃんが、どうしたの。ばあちゃんは、ほら、ここにいるでしょう」
 自分の鼻に人差し指を向けてにっこりしますが、子供は
「ばあちゃんじゃない、ひいばあちゃん・・・」
ときっぱりと言うのです。伯母は、既に骨壺に収まっている自分の母親のことだと気づきました。
「ひいばあちゃんが、どうしたの?」
 しゃくり上げてくる息を整え、子供が叫びました。
「ばあちゃん、穴がない、穴がないって、泣いてるよ。可哀想だよー」
子供はこの言葉を何度も繰り返し、なきじゃくるのです。
 このとき皆が皆、子供に注目しました。と言うのもこの席でもっとも幼く、可愛らしさを振りまく存在だったからです。でも子供の言っている意味など誰も分かるらず、伯母の次の一言でこの騒ぎも収まったのです。
「ぼくちゃん、悪い夢をみたんだね。でももう大丈夫、おばあちゃんが、美味しいものあげるよー、もう大丈夫だからねー」

 小一時間ほどして、小雨の降るなか皆で寺に出かけました。読経も済み、お墓の前で傘をさして墓守が作業をするのを見守っていたのです。すっかり元気になった従兄弟の子供は兄と戯れ、先ほどのことなどすっかり忘れているようでした。そのとき、「あれー?」と言う墓守の声に促され、皆怪訝な面もちで墓を注意深く覗き込みました。すると、な、な、なんと・・・。
 実は、墓に納骨堂がなかったのです。墓石をあちこち動かし、あるべき穴を探したのですが、掘った形跡すらありませんでした。その時、皆、子供の言っていた意味を悟りました。そして、その事実を知っていたのは、間違いなく祖母だけだったことも後に明らかになったのです。

 経緯はこういうことです。祖母は何十年も前に墓を二つ購入していました。一つは自分が入るお墓で、もう一つは世話になっている長女夫婦のためのものでした。祖母は自分用の墓には、当然自分が先に行くものと思い納骨堂を用意しました。しかし、もう一つの墓には、まだ先があると思ってそれを用意していなかったのです。長女夫婦にいつか言おうと思っていたのでしょう。
 しかし、不幸なことに、長女の旦那が10年前に亡くなりました。その時、長女が選んだのは、広くて大きな納骨堂のある墓だったのです。祖母は、そのとき何も言えませんでした。その後も、忘れたのか、あるいは言えなかったのか分かりませんが、それを長女に伝えることはなかったのです。

 さて、最後にもう一つの真実をお伝えしたいと思います。それは、我々の現実世界の認識は、見たもの聞いたものに対して、それを記憶するか否かの二者択一をすることによって成り立っているということです。不思議な出来事について、あれほど驚き感銘を受けた人々が、半年後にはその記憶をすっかりなくしていたという事実がよくそれを物語っています。
 僕はこの不思議な出来事を真実として捉えて現実世界を認識しました。つまり現実世界には理屈では割り切れない現象が起こりえると認識したのです。しかし、他の人々はこの事実を切り捨てたうえで、心地の良い現実世界を作り上げ、その中にどっぷりとつかっていたのです。母は、そのことを言い募る僕にこう言いました。「あんたは、夢でもみたんじゃないのかい?」

   さて、あなたはどちらのタイプですか?

注意:僕はこのエピソードをお墓が必要であるという意味で書いたのではありません。この不思議な出来事が起き、僕は伯父にこの出来事を墓の必要性とからめて問いました。伯父は大学教授でしたから何らかしら答えを持っていそうな気がしたからです。
 伯父の答えは簡単明瞭で、「墓は生きている人のためにある。時々集まって故人を偲ぶんだ。あの現象は母親の単なるいたずらにすぎない。僕らを驚かようとしたんだ」というものでした。まさに名言で、僕も納得したものです。人を笑わせたり、喜ばせたり、あるいは驚かせたりするのが大好きな人だったそうですから。
 そして、このように答えた伯父も、その記憶を失った一人であることを付け加えておきます。

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