不思議なお話NO22 臨終の瞬間 

  昨年1月、僕の心を支えてくれていた一つの大きな柱を失いました。父があの世へと旅だちました。病院の先生からそう長くはないと聞かされおり、それなりに覚悟はしていたつもりでしたが、やはりショックは大きかったのです。生前、どんなに父親とうまくいっていなかった人でも、失ってみればその存在の大きさを思い知らされるといいます。僕もその口でした。
  言うまでもなく、僕にも父との確執がありました。でも、よくよく思い起こしてみれば、それは価値観の衝突であったり、僕の独りよがりや身勝手さ、言ってみれば人としての未成熟さに対する父の怒りだったのだと思い当たるのです。実をいいますと、僕は60代を越えたというのに、お恥ずかしい話ですが未だに大人になりきっていません。僕の人としての修行の道は果てしなく遠い道程だと言えます。

  さて、今日は父の臨終の際に起こった不思議な出来事についてお話したいと思います。或いは頻繁に人の死に立ち会う医者であれば、不思議でも何でもなくごく普通に起こっている現象だと言うかもしれません。でも、僕にとって初めての経験でしたし、そうした文献も読んだことがなかったので、やはり不思議だと言うしかないのです。
 
  父は晩年、冬になると決まって肺炎にかかり1〜2ヶ月入院するのが常でした。ですから、急に様態が悪化することもあり、妻からの電話を受ける度にざわざわという胸騒ぎを覚え、妻の口から出る言葉を固唾を飲んで待ったものです。
 「お義父さんが」という出だしの言葉は、いつも僕の胸をきゅーっと締め付けました。電話を受けるのは仕事中のことが多く、すぐに上司にうち明け病院へと急ぐのです。
  何度も死線を彷徨いました。医者からも覚悟を促されたことも度々です。でも、父はそのたびに生還してきたのです。そのころデイサービスにも通っていたのですが、そこの職員がこう言って呆れていました。
「この年(89才)で、救急車で何度も病院に運ばれて、そのたびに元気で帰って来る人も珍しいですね」と。
  そんなわけで、僕らが父に付けた愛称が「ゾンビ爺さん」でした。死んでも死んでも生き返ってくるゾンビみたいだったからです。その愛称は何時までも長生きしてほしいという僕らの願いをこめられていましたし、一風変わった人柄だった父が、もしその名を知ったら大喜びしただろうとも思っていました。もちろん父には内緒でしたが…。

  ですから、最後の入院のときも、家族の誰もが、父が再び元気になって帰ってくる可能性の方を期待していました。ですが、病苦と戦い続けた父も、いよいよ疲れ果て気力も体力も衰えていたのです。病院から危篤の連絡を受けた時のショックは言葉では言い表せません。まさか、あの父が・・・、僕は絶句し、その後はナダソウソウでした。僕は生来泣き虫なのです。

  臨終は、危篤の連絡を受けてから二日目で、立ち会ったのは僕と妻、そして弟です。姉は家の用事で、一時家に戻っていました。ベッドの傍らには、命の状況を示すメーターがスチール製のスタンドの上に据え付けてありました。そこには脳波、血圧、脈拍数を示す、グラフや数値が表示されていたのですが、それらはいよいよ一つの生命が終焉を迎えようとしていることを告げていたのです。
 父に何度も呼びかけますが何の反応を示しません。メータを見ますと、脳波が一本の線になっていますが、血圧と脈拍はまだ生命があることを示しています。皆で必死で呼びかけました。すると、父の手を握っていた弟が、
「お兄ちゃん、この手を見て。親父、強く握っている」
と言いますので、父の手に触れてみました。すると、父の手はかなりの力が入っていて弟の手をぎゅっと握っています。弟が手の力を抜いても、父の手は弟の手から離れません。
  ふと、父の顔を見ると、眉間に皺を寄せ必死で力んでいます。僕たちは父の顔を凝視していました。すると、しばらくして父の顔からふっと力が抜けたのです。弟の手から父の手が離れ、ベットにだらりと下がります。そしてメーターに表示されていた血圧も脈拍の数字がゼロになり、ツーという機械音が響きました。看護室のナースにその死を知らせたのです。
  この時になって、弟が姉の不在に気付きました。
「お姉ちゃんは?」
弟が問いますので、
「こっちに向かっているはずだ」
  僕がそう言うと、弟が父の耳元で叫んでいました。
「お父さん、お姉ちゃんがこっちに向かっているんだって、もうちょっと待って。お姉ちゃんが来るまでもう少しだから、お父さん」
  僕は、おい、おい、もう手遅れだよと、困惑顔で弟を見ていましたが、しばらくして命のメーターからピコッ、ピコッと音が聞こえてきたのです。僕と弟は顔を見合わせました。そして弟はさらに声を張り上げ、父に呼びかけたのです。僕も、必死で叫んでいました。姉を父の死に目に会わせたいと思ったからです。
 僕たちの必死の思いが通じたのか、その後脳波が復活し、血圧と脈拍は生命維持に最低限の数値を示しています。これには皆目を見張り、僕らが前にもまして大きな声で叫んだのは言うまでもありません。
  誰もが、姉が父との最後の別れをして欲しいという一心でした。そこで、またしても弟です。携帯を取り出すと姉に電話を入れたのです。
「お姉ちゃん、今、何処走っているの?えっ、なにー、犬をペットショップに預けに行っているところだって?」
 弟は電話口を押さえ苦笑いを浮かべ、
「だめだ、間に合わないや」
と僕に視線を向けてきます。そこで長男としての最後の言葉を、いつものように、父の唯一聞こえる左耳の方に叫びました。
「ご免ね、お父さん、お姉ちゃんは間に合いそうもなんだ。だから、もう、いいんだよ。もうあっち側に行ってもいいんだよ」と。
  その瞬間(或いは数秒後か?)、メーターの表示、脳波、血圧、脈拍数の全ては、父の肉体の活動が停止したことを示したのです。
 
  僕は今でも、あの時、父が最後に力んだのは、魂が肉体から離れてゆくときの苦闘だったに違いないと思っています。勿論、これは僕の思いこみでしかないのですが、なんとなくそう感じているのです。
  そして、一度抜けてしまうと、再び肉体に戻るのも、或いは去るのも簡単なんだ、と妙に納得してしまいました。独りよがりで、身勝手な僕に相応しい空想だと馬鹿にされそうですので、この辺で終わりにしておきます。
 

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