不思議なお話No36 「石器時代に戻る? 常識の壁?」 


 表題の「常識の壁」についてですが、これは高学歴になればなるほどその壁は厚く強固になるような気がします。僕には幸いそれが全くありませんので想像するしかないのですが、恐らく彼らの心の深奥には小学校から高校・大学に至るまで、必死で詰め込んだ知識体型の瓦解に対する恐怖があるのだと思います。そうした方は、その知識体系から外れる全ての仮説は一顧だにせず、検討を迫られれば拒絶反応を示します。
 僕の場合、小学校・中学あたりまで、今、教育現場で話題のADHD(注意欠陥・多動性障害)の症状がありましたので、そこで積み上げてきた知識体系というものが全くないのです。つまり、学校で知識を吸収した覚えはありません。ですから、同窓会でも先生の話題に入って行けないのです。そんな奴いたっけ?となります。
 皆さんのクラスにもいませんでしたか? 授業に集中が出来ず、一人遊びに熱中したり、騒いだり、出歩いたり。あれです、あれ。それに高校ではある悩みを抱えており、ちょっと精神的に落ち込んでいて勉強どころではなかったのです。従って、僕にはその常識の壁がないのです。

 老婆心ながら、このADHD(注意欠陥・多動性障害)にお悩みの親御さんに一言。いずれ消えてなくなりますから、そう心配することはありません。アメリカでは新薬が開発されたと効きますが、飛びついたりしないで下さいね。動物実験にされてしまいますよ。精神安定剤なる物に対して患者がどのように反応するか、十分に研究されているとは思えません。親父の介護をしていてつくづく感じました。
 またこのADHDの研究をしている学者の方に一言。この症状は昔からありましたしたよ。そして、これは血筋の問題だと思うのです。僕の弟も実は同じ症状だったのです。弟の小中学校の同級生達は、弟が大学まで進学したことに皆さん驚きの声をあげるそうです。知恵遅れと思われていたようです。
 その弟も僕のスパルタ教育の甲斐があり、立派な社会人になっていますのでご心配なく。ただ、二人の共通の悩みは基礎学力のないことです。漢字の書き順はめちゃくちゃだし、読めるには読めるのですが書くのは苦手です。再度、親御さんに一言。勉強はご自宅で見てやってくださいね。

 さて、今日は皆さんのその常識の壁をよじ登るための足がかりを提案をしたいと思います。常識の壁は厚ければ厚いほどそれを破るのは困難ですけど、ちょっと上を見てください。その厚さは人によってまちまちですが、高さは殆ど変わりません。ちょっとよじ登るための新たな視点を提案したいのです。
 これから、皆さんに常識の壁を超えて、覗いて頂きたい非常識は二つあります。一つは「過去、人類は何度も絶滅の危機を迎えた可能性について」です。そしてもう一つは、「過去には現在の知識を上回る文明が存在した可能性について」です。非常識もここまでくれば、笑って付き合って頂けるものと思います。そう、まずは面白がることが肝心なのです。ですが、いきなり二つは難しいと思いますので、今日は最初のテーマに絞りたいと思います。
 

 皆さんは、1994年7月、シューメーカー・レビー第9彗星が木星に衝突し瞬間の映像をご覧になりましたでしょうか。世界中の人々が注目する中、シューメーカー・レビー第9彗星は木星に衝突し、その瞬間の閃光やわき上がるきのこ雲の映像がインターネットでも公開され人々に衝撃を与えました。その時、僕はこの映像に恐怖さえ覚えたのです。何故なら、この地球にも過去何度も彗星或いは隕石が衝突し、人類はその度に危機を迎えたに違いないと思っているからです。6500万年前の恐竜の絶滅の原因も、この隕石の地球への激突が最有力とされています。
 僕は、徒に皆さんの不安をあおるつもりはありません。彗星や隕石の衝突などそうそう頻繁にあるわけはありませんし、以前からその監視体制を構築していると噂される世界的な組織も、「不思議なお話No21 ロシアの隕石とUFOについて」で紹介した事件以降、隕石等の地球への接近の監視体制を強化したに違いなく、最悪の事態に際しても人類が生き延びる術を模索しているかもしれません。ただ、僕がここで言いたいのは、過去においても同様な事態が全くなかったという楽観論は少し甘いとしか思えないということです。
 ところで、この地球上には隕石落下の痕跡があちこちにありますが、最も頻繁に落ちたとしたら海だと思うのです。海の面積は陸地の倍以上ありますから。そして、もしある一定以上の大きさの隕石が海に突入したとすれば間違いなく世界的な大洪水を引き起こします。この可能性は誰も否定できません。
 ここで、もしこのような事態が地球を襲い、人類が絶滅するまでには至らなかったとして、そこにはどのような世界が残るかという、僕のお得意の思考実験をさせて頂きます。この思考実験は、皆様の常識、数万年前は旧石器時代であり、人類が現代を上回る文明を持っていたなんて、言語同断であるという頑なな常識を和らげるためのものですので、心を落ち着けて続きをお読み下さい。

 皆さんは、「不思議なお話No21 ロシアの隕石とUFOについて」の映像を見て頂いていると思いますが、あの隕石より数十倍大きな隕石が太平洋に追突したこと想像してみて下さい。3.11の津波の高さは10メートル前後で、最大遡上は40メートルを超えました。ですが、その隕石の引き起こず津波はゆうに100メートルは超えると思いますので、最大遡上高は4倍程度とされていますが、その津波の体積による勢いは想像を絶するものがあり、恐らくその数倍しに達すると思います(あくまでも想像に過ぎませんが)。
 3.11後のあの荒涼とした沿岸部の映像を思い起こして下さい。さらに津波が100メートルを超えればその水圧は10トンとなり、それが何度もうち寄せたとするなら全ての文明の痕跡を粉々に砕き、残されるのは泥の海でしかありません。時代と共にコンクリートは砂に帰り、鉄筋は錆びて土中に溶けてしまうでしょう。
 勿論、大災害は多くの人々の命を奪いましたが、幸いにも生きのびたる人々もいました。その生存の確率は、その人々が生活していた地域の標高が高ければ高くなり、低ければ低くなります。当たり前ですよね、洪水は低地を飲み込むのですから。そして高地で生き延びた人々は、電気もガスも水道もない、言うまでもなく石器時代さながらの狩猟採集の生活に入るしかありません。こうして、世界の文明の痕跡は一瞬にして失われ、人々が石器時代に舞い戻る可能性はないとは言えないのです。

 いかがです、このように考えれば、石器時代の遺物、石器やたき火の跡を発見したとき、そこに生活していた人々は本当に野蛮人だったのか、或いは大洪水を生き延びた哀れな文明人なのか、という疑問が湧いてきませんか? もしかしたら、その数メートルの下に文明の痕跡が、例えばプラスティックやガラスの破片の遺物が埋まっているかもしれないのです。1万年後、石器と共に発見された貴方は、必死で叫んでいるかもしれません。
「俺は、文明が滅びた時の生き残りなんだ。石器を持っていたからと言って野蛮人なんかじゃないんだ」と。

 でも…、と貴方は反論するかもしれません。「2000年という人類の歴史によって培われた知識や精神は全てではないにしろ、幾ばくかは人類に残されるのではないか」と。
 その通りだと思います。でもそれは次回のテーマにとっておきたいと思います。ただ、今言えることは、それはあったとしてもごく希な事例ではなかったかと、僕は考えているということです。何故なら、狩猟採集で生き延びるということは、僕たちが想像する以上に過酷な生活だったとしか思えないからです。

 では、話を分かりやすくするために、舞台を寒冷地にしておきます。この上なく過酷な環境ということです。ここで起こった悲劇は、どんな環境であったとしても、例えば比較的食料調達が容易な温帯地方であったとしても、腹を満たし生き延びねばならないという根元的な欲求から、似たり寄ったりの状況を生み出すことになったと思います。ではお話、スタートです。

 当初の生活環境は生き残った人々に十分な食料を供給することは出来ませんから、多くの人々は命を全うすることは出来ません。人口は激減してゆきます。人々はますます孤立化せざるを得ず、やむなく限られた親族内で近親婚をくり返し、DNAの命ずるままに子孫を増やしてゆきます。
(神話に登場する神々に近親婚が多いのですが、それはこの時代の記憶の名残ではないかと思ってしまいます。動物でさえそれは避けますから)
 それほど時を経ずして文字は失われ、言葉も生活に密着したのもに限られてゆき、言うまでもなく抽象概念など跡形もなく消えてなくなります。愛、友愛、寛容などという生存競争に無用な感情は人々から忘れ去られ、どれほど冷酷で残虐な行為でも一族の生き残り、或いは食料確保のためであれば賞賛される風土が形成されてゆきます。
 一族が飢えれば、男達は手に手に棍棒、石槍、石弓をもって他部族を襲い、食料を奪うことになります。この時、復讐を封じるためには男を根絶やしにするしかありません。夫や子供の死に泣きわめく女達は、遺体から引きはがされ夫を殺した男達によって蹂躙されます。その後は女奴隷としてこき使われるか、第一夫人、第二夫人をけ落として自分がその地位に納まるかは、女の能力次第です。
 そして、人間は虐殺される側か虐殺する側かの選択を迫られれば、間違いなく虐殺側を選ぶことになりますので、弱小部族は強大部族の長に絶対的な服従を誓い、部族の生き残りを図ります。弱小部族は、強大部族民達以上の残虐ぶりを発揮することによって、自らの忠誠心を証明するのです。戦場で見られる血に酔うというエクスタシーは、自分たちが殺される側にいないという意識と表裏一体のものだと思います。

 こうして、2000年という長きにわたって培われた知識も精神も失われて行くことになります。飢えた野蛮人ほど恐ろしい存在はありません。彼ら野蛮人は、部族の強大化には人口増加以外の手段はありませんから、自ら養える以上の子孫を作り続け、食えなくなれば豊かな土地へと雪崩を打って押し寄せ、略奪と虐殺を繰り返します。これが人類の歴史です。そして、我々の祖先が大洪水とこの過酷な歴史を生き延び、農業を知り文化を発展させ、今の精神(意識)を持つに要した時間は、12000年です。
 
 以上の僕の想像は、ローマ人達がその平和と生存のために1000年の間、戦い続けたゲルマン民族(注1)を念頭に置いて創作したものです。今は取り澄まして知性の権化みたいに顔をしている、ゲルマン民族(ドイツ人の祖)がいかに残虐非道な野蛮人であったかは、僕の愛読書・塩野七生の「ローマ人の物語」を読めば分かります。でもだからといって今の彼らを責めるのは酷というものです。何故なら過酷な環境がそうさせたに過ぎないのですから。
 とはいえ、この残虐非道のゲルマン民族が、涙ながらに野蛮人と罵ったフン族が、ゲルマンによって弱体化されたローマ帝国に最後の一撃を加えるのです。このフン族は僕らと同じアジア人種であることを思えば、人様のことをとやかく言ことはできません。

(注1)カエサルが征服したケルト人、またの名をガリア人は、常にゲルマン民族の脅威に晒され、押し出されるようにしてローマに対する侵入を繰り返していたことを思えば、ローマ人が戦い続けたのはゲルマン民族だったことになります
 ところで、僕は何度かローマ人と日本人の類似性について述べてきましたが、最近、もう一つ似ている事実を見つけました。それは、征服民族に対する懐柔政策です。
 カエサルは征服したガリア人を狩猟生活から安定的な食料確保が可能な農耕民族に変え、道路や橋というインフラを整備しました。つまり文明化させたのですが、それ以上に画期的だったのは、部族の自治を認めるとともに、族長をローマの元老院議員にしたことです。もちろんこれがカエサル暗殺に繋がるわけですが、後のローマ帝国ではこれが引き継がれてゆきます。
 これと似たことを日本もやってました。それは日韓併合です。ダムや橋を整備し、識字率を数%から一気に90数%に引き上げ、そして選挙権を与えて大日本帝国国民としました。つまり、文明化させたのです。
 これって植民地ではありませんよね。例えば、大英帝国がインド人に英国に移り住む自由を与えましたか? 日本人はその自由も与えたのです。つまり、同じ国民ですから、同等の権利があるというわけで、多くの韓国人が日本に移住しています。まして、大韓帝国の王族は、日本の皇族に準ず貴族に列せら、東京に住んでいました。どうです、ローマ帝国と日本、ちょっと似ているとおもいませんか?

 この知識は、「新日本経済新聞 三橋貴明公式チャンネル」からの盗用です。下にURLを貼り付けておきましたので参考にしてください。この三橋貴明という人は大した人で、僕の長年の疑問、現代資本主義は何故貧富の格差を是認しているのか? という疑問に明確な答えを与えてくれました。(エッセイ『富者と貧者』参照)
是非、皆様も彼に注目してください。
URL:https://www.youtube.com/watch?v=vGLmma-WA14




   

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