不思議なお話No39 「巨石文明…その沈黙の彼方にV」 


 前章では古代の神々の残忍性を取り上げました。旧約聖書のヤハウエ、そしてヤハウエがことのほか憎んだバール神を引き合いに出したわけですが、この二柱の神のかすかな残映を追ってゆくと、互いに憎しみ会う二つの民族の姿が浮き彫りにされてゆきます。でも、それはあくまでもかすかな残映ですから、推測のするしかない部分があることを最初に申し上げておきます。
 しかし、出来上がったストーリーによって、旧約聖書の謎「何故、ノアが、次男のハムの行為を非難して、カナンよ、呪われよと思わず呟いたのか?何故ハムよ、呪われよ、ではなかったのか」が説明できるのであれば、その推測があながち的はずれではなかったことになると思います。
 しかし、ここに来て、はたと気付きました。よくよく考えてみれば歴史を専門とするする人々がこのことに気付かなかったはずもなく、僕の説が二番煎じ、いや三十番煎じの可能性があることにです。思わず赤面している自分を意識しました。しかし、今更恥じ入ったところで始まりません。とりあえず前章で約束していおりますので、僕の説を述べることにします。

 僕は、この20年近く旧約聖書を残した古代ユダヤ民族は、他民族がその記憶を失っていることをいいことに、シュメール神話をそれと分からぬよう引用して、神ヤハウエに選ばれた民族という神話を創造したのだと考えてきました。何故なら旧約聖書の創世記にはシュメール神話にそのルーツがあると思われる物語が数多く採用されているからです。天地創造、エデンの園、アダムとイブ、洪水伝説、そしてバベルの塔など、これらはすべて太古シュメール神話をより平易な文章にした物語なのです。或い普及版といってもよいと思います。
 ところが、「不思議なお話No38」で紹介した佑学社「古代メソポタミア文明の源流 シュメール文明」を読かえしていた時、そこに書かれた一文を読んで、もしかしたら少し違うかもしれないという思いを抱きました。何故そう思ったのか、その時ははっきりと分らなかったのですが、そこに何かがあるような気がしたのです。僕の本は重要と思われる所に赤線が引かれているのですが、その一文にはそれがなく、これまで見落としていたようです。まずはその一文をお読み下さい。
聖書の中ではユダヤ人のことが選ばれた民族として語られているが、これはなにもヘブライ的傲慢のあらわれというわけではない。ユダヤ人は旧約聖書の中に我々が読んでいる多くのことと同様、選民意識についても、或る民族から受け継いだのである。その民族のことを彼らユダヤ人は賛嘆の眼差しで語ってきた。そしてユダヤもかつてその民族が住んでいた地域ーウルのアブラハムーからやってきたのであった
 或る民族とは言うまでもなくシュメール民族のことです。

 ところで、僕の聖書との関わりは、古代史を通じてであり、興味のある記述を探して読むということを繰り返しただけで、通読はしておりません。したがって、この一文にあるように、ユダヤ人がシュメール人を賛嘆の眼差しで語ってきた、ということに気付きませんでした。
 さて、この文章の何が僕の心を捉えたのか、皆さんには分からないと思いますが、次の事実を知っているなら、成る程と納得されると思います。シュメール人達の中でその選民意識を強烈に抱いたのが他ならぬ聖職者階級の人々だったという事実です。前章で取り上げましたが、古代の人々の宗教観を支配していたのは彼らであり、そして彼らこそ神に選ばれているという思いに取り憑かれていたということです。

 この事実に基づいてシュメール人達の歴史を振り返ってみましょう。

 シュメール人達は、紀元前3000年紀より、エジプト文明、そしてインダス文明の地とも交易が行っていたという事実は、そんな時代に海洋を航海する大型船などあるはずがないという思いから、現代人を常に困惑させてきました。しかし、シュメール人達の輸入品目から、そして彼らが用いた円筒印章が両地で発見されていることから、それを事実として認めざるを得ないのです。
 シュメール人達のこの旺盛な経済活動によってもたらされた富は支配者の力を強大にしましたが、民衆の宗教心を支配する聖職者階級もそれを黙ってみていただけではなく、その富の分け前を要求したのです。民衆の支持を背景にその目的は達成され、初期王朝時代には王が聖職者を兼ねる時代が続きます。つまり彼らが一定の権益を確保したということです。
 しかし、セム系アッカド遊牧民が略奪者・殺戮者として侵入する激動の時代ともなると、彼ら聖職者の力は衰え、その戦乱の初期には、神々の加護をお祈りするよう民衆に語りかける彼らの姿が、そして野蛮人達の侵攻が防ぎきれなくなると、嘆き悲しむ民衆に向かって、神々に対する信仰のなさが、このような現実を引き起こしたのだと糾弾する姿が、僕の脳裏に浮かび上がってきます。
 侵入する遊牧民のパワーに抗しきれず、シュメール人達はアッカドのサルゴン(BC2400年)の支配を受けいれることになります。聖職者の中にもそのセム系の姿が見られるようになり、アッカド固有の神々もその仲間入りを果たしたと思われます。しかし、ほどなくしてそのアッカドの都もペルシャの山岳地帯から押し寄せるグティウムに蹂躙され跡形もなく破壊されつくされ、この野蛮人達によってシュメールの地は100年の支配を受けることになったのです。まさに苦難の時代です。
 そのグティウムもウルクの王ウトィ・ヘガルによって元の山岳地帯へ追い返されますが、その後、時代を隔てた二人の登場人物によって旧約聖書の民、そして彼らが憎んでも憎みきれないカナン人という歴史的な構図が繰り広げられることになります。まずはそこから説明します。

 野蛮人・グティウムからシュメールを解放した、ウルクの王ウトゥ・ヘガルの腹心の部下、ウル・ナンム(BC2100年)がウル第三王朝を興します。いわゆるクーデターを起こし政権を樹立したのです。このウル・ナンムが、先に述べた「二人の登場人物」のうちの第一番目の人物ということなります。
 この時代、シュメール系かセム系かという問いは無意味になります。戦乱の時代は力のある者が頭角を現す時代ですからシュメール人の血はセムに飲み込まれてゆきました。とはいえ、このウル第三王朝が最後のシュメール王朝と言われる所以は、古代シュメールの地、南部のウルに興ったこと、そして古代シュメールの祭儀を忠実に復活させたことがあげられます。戦乱ですっかり影の薄くなった聖職者階級が息を吹き返し、古代シュメール時代のように王が聖職者を兼ねるようになったのです。
 この王朝は100年近く命脈を保ちますが、末期には西方シリアを起源とするアモリ人の侵入に悩まされることになります。これを防ぐために280キロにも及ぶ防壁を築いたほどですから、この蛮族の侵攻がどれほど激しかったかが窺われ、最後のシュメール王朝の衰退へと導くことになったとしても納得するできるのです。とそころで、このアモリ人のなかから「二人の登場人物」のうち第二番目の人物が輩出されるです。バビロニア帝国の中興の祖、ハンムラビです。
 
 ではこのアモリ人とはどんな民族であったのでしょう。ウィキペディアによると、「メソポタミアから見て西方に位置するシリア地方のビシュリ山周辺を中心に遊牧民として生活していた人々をアムルもしくはマルトゥと呼ぶ」とあります。また、当時のシュメール人達の評価が碑文に残されており、それをそのまま引用します。
「マルトゥの手は破壊的であり、その特徴は猿のものである。…敬意を表す事を知らず、神殿を憎悪する…麦を知らず、家も町も知らぬ山の住人であり、神域の丘でキノコを掘り起こし、膝を曲げること(耕作)を知らず、生涯家に住むこともなく、死者を埋葬する事も知らない」
 しかし、セム系アッカドと同様に略奪者・殺戮者として歴史に登場したアモリ人も、時代と共にメソポタミア全域に浸透してゆき、傭兵や労働者として都市周辺に住み着くようになったようです。その後、猿と評価されていたアモリ人がウル第三王朝末期には上級の役人にも採用されるほど洗練されていたのでから驚きです。
 そして、ウル第三王朝の滅亡後に不思議なことが起こります。メソポタミアの都市国家の権力を握った王の殆どがアモリ系だったのです。何故そうなったかは定説はないようですが、僕にいわせれば、当時の国家は城塞に囲まれた都市国家ですから、占拠するのは容易く、外部からの攻撃に強いことが原因だったのではないかと思います。
 そして、アモリ人の都市国家の中でもバビロンが強大になったのは
ハンムラビという傑出した王の存在があげられます。ただ、このハンムラビはウル第三王朝の聖職者が聞いたら卒倒するであろう一大宗教改革を断行した人でもあるのです。長々と前置きを述べさせていただきましたが、いよいよ核心に迫りつつありますので、その前に皆さんに知っておいて頂きたいシュメールの神の序列についてお話しします。
 シュメール神話における最高神はアヌで、以下はゼカリア・シッチンによる地上を支配した神々の序列です。まず、アヌの正当な後継者エンリル、その長男ニヌルタ、次男ナンナルと続き、最後にナンナルの長子ウトゥがきます。エンリルは例の大洪水で人類を滅ぼそうとした神です。
 実は最高神アヌの息子はエンリルだけではあるません。その腹違いの兄、エンキがおりますが、このエンキが最高神アヌの後継者になれなかったことに不満を抱き、ことごとくエンリルに逆らいます。ゼカリア・シッチンは、この兄弟神の闘争が人類をも巻き込んでいったと考えているようです。ちなみにこのエンキ神が大洪水のおり、人類を救った神なのです。
 さて、話をもどしますが、さきほどハンムラビ王が一大宗教改革を断行したと述べましたが、何をしたかと言いますと前述したシュメールの神の序列を破壊してしまうのです。彼はこの正当な後継者に指名されなかったエンキ神の、その長子であるマルドックを最高神にまで引き上げたのです。
 「エヌマ・エレシュ」と呼ばれる天地創造の一大叙事詩に語られるマルドックは太陽系の形成に大きな影響を与えた巨大惑星に比定され、シュメール神話の最高神アヌさえもその支配下におくのです。ましてエンリルはその他大勢の出番しかありません。マルドックは彼らの古くから信仰する神だったのです。
 
 ここで、再び上に書きました「古代メソポタミア文明の源流 シュメール文明」の一文(太字にしてあります)を読み返してみて下さい。
 この文章を読むと、シュメールの聖職者階級に影響を受け、強烈な選民思想を抱いたユダヤ民族の姿が彷彿として浮かび上がってきます。さらに「ウルのアブラハム」という言葉がその姿に結びつくのです。そして思い出して欲しいのですが、ウル第三王朝では激動期に力を失っていた聖職者階級が息を吹き返し、表舞台へと躍り出た時代でもありました。つまり権力の一角にいたのです。
 これらの事実を複合的に考えてみますと、こう想像することも可能なのです。アブラハム一族がウルを去ったのはウル第三王朝が滅んだ時で、シュメール神話の正当な後継者としての矜持と選民思想を抱き、神話の記録と記憶を携えて旅だったのだと。つまり、アブラムの一族が聖職者階級出身だっただった可能性です。
 
 僕が言わんとしたことがお分かりになりますでしょうか? 彼らユダヤ人にしてみれば、神の序列は神聖なものです。アヌ、エンリル、ニヌルタ、ナンナル、ウトゥこそ神の皇統なのです。その由緒正しき神の皇統が踏みにじられ、エンキという卑しい神の子、マルドックが最高神などということは許されなかったのです。ヤハウエが呪ったカナン人とは、このアモリ人だったのです。つまりユダヤ人にとって、カナン人は憎んでも、なお余りある民族だったということになります。
 そして、最後の疑問です。何故、旧約聖書の民・ユダヤ人は「カナンよ呪われよ。奴隷の奴隷となって兄たちに仕えよ」という言葉をノアに言わせたかという問題です。ノアの息子は3人おり、セム・ハム・ヤペテですが、カナン人はエンキの民、ハム族とされています。しかし、旧約聖書では、ノアがハムの行為を非難するのに、本来は「ハムは呪われよ」と言うべきところを「カナンよ呪われよ」と言わせているのです。何故でしょうか?
 僕はこう考えました。ノア(ジウスドラ、或いはウトナシュピティム)は神から選ばれ、そして神にも列せらる永遠の命を得たシュメールの神だからこそ未来を予見できたのあり、ユダヤ人が尊敬してやまない古代シュメール人もカナンを憎んでいたと印象付ける目的があったのでは、と思うのです。当時の人々はカナン人が元々はハム語を話したのを知っていましたから、旧約聖書の過去に遡って記述を変えたのだと。
 そしてもっと身近な問題の解決策でもありました。自分たちはシュメールの正当な後継者であり、そのシュメール祖であるノアにその言葉を言わせたことにより、神から選ばれたユダヤの民が神に代わって復讐を遂げるための免罪符にしたということです。カナン人を虐殺し、討ち滅ぼし、彼らが住んでいた土地を我が物にするのは神の命令だったと。何故なら、ユダヤ民族は祖国を持たない流浪の民だったからです。
 如何でしたでしょうか?過酷な運命に晒された古代の人々、そして憎悪と復讐の思いに囚われた聖職者達、彼らが作り出した神々がおどろおどろしい姿になったとしても彼らを責めるのは酷だと思うのです。彼らを襲った現実は、現代人には想像も出来ないほど残酷だったのですから。


 今回のお話はこれで終わりなのですが、もう少し僕の妄想におつき合い下さい。

 僕はゼカリア・シッチンの仮説、古代中東に宇宙人達がいて人類の歴史に関わったという仮説は、古代人達の妄想によって作り出された神々の物語を、文字通りに解釈した結果だと思うのです。ですが、「エヌマ・エレシュ」、天地創造の一大叙事詩の解釈だけは、何故か心惹かれるものがあります。妙に腑に落ちるところがあり、ニビルが太陽系の惑星か否かは別として、太陽系の成立をうまく説明しているような気がするのです。(ご興味のある方は左をチェックしてみて下さい。リンクを貼っておきました。なにっ、517円、安い。僕が17年前に買ったのは2000円ですよ)

 先ほど、アブラハム一族がウルを出発したとき、神話の記録と記憶を携えていたと述べました。それはこの「エヌマ・エレシュ」、天地創造の物語は、サンダルを履いた神々が伝えた秘儀であり、ユダヤ人はその知識を持っていたのでは、と想像したのです。
 シュメール人の天文学に関する高度の知識は明らかに彼らが習得した知識ではなく、誰からか与えられたか、或いは祖先から受け継いだ知識としか思えませんし、その集大成こそ太陽系形成の知識だったに違いないと思っているのです。そして、ユダヤ民族はその知識を持っていたからこそ、あれほど傲慢になれたのではないか、などと妄想していまいます。
 ハンムラビはシュメールの秘儀を記した粘土板を見つけましたが、その本当の意味は分からず、寓話のまま叙事詩を再現しただけなのです。従って、マルドックの別名であるバール神を信奉する後代のアッシリア、次いでバビロンの王がユダヤの民を連れ去ったのは、大半は奴隷として使役したたのだとしても、聖職者階級からこの秘儀を聞き出すのが目的ではなかったのか? 或いは、ゼカリア・シッチンはユダヤ教のラビの長老から旧約聖書の秘儀を耳打ちされて、あれを書いたのでは?

 などど、妄想は更なる妄想を生み出します。そろそろこの辺で止めることにします。どうも、御粗末様でした。

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