不思議なお話No46 神のイジワル 血筋について
 

  僕の好きな作家に塩野七生というイタリア在住の女流作家がいます。この作家はイタリアの歴史を題材にして歴史小説を書いているのですが、歴史という舞台の中で生きた人々それぞれに焦点をあてて物語を紡ぎ出します。時代に立ち向かう人々、或いは翻弄される人々、それぞれが物語の主人公として、どう生き、そして死んでいったかを物語るのですが、それによってその背景としての歴史が鮮明に浮き彫りにされてゆくのです。
  僕は彼女の著作は殆ど読んでいます。中でも「ローマ人の歴史」が好きで何度も読み返しているのですが飽きることがありません。勿論、年を取って前に読んだ内容を忘れているということもあるのでしょうが、たとえ先が分かっていてもその度に感動を味わっているのです。
 何故僕をそこまで惹きつけるのか考えたのですが、塩野女史の物語は、人がどのように生きたのかを記述するのは勿論なのですが、どのような思いを抱いて死んでいったかをも、人々に想像させるからだと思うようになりました。作者はその著作の中で一人称単数で感情を表現することはありませんが、僕には死を前にした人々の心の叫びが聞こえてくるような気がするのです。
 人は生きそして死んでゆく。その単純なくり返しが歴史であるとする彼女の紡ぎ出す物語は、無常観とは異なる何か、例えば生きることの切なさ、苦しさ、そして喜びや悲しみをひっくるめて僕たちに教えてくれているような気がします。
 さて、今日はそのローマ人の物語を読んでいて、不思議に思ったことがあり、それについて書きたいと思います。この長い物語の中には、或る思いに固執した人々が現れては消えてゆきますが、不思議に思ったのは、決してその或る思いを遂げることが出来ないという事実です。いや、むしろそれに固執する思いが強ければ強いほど残酷な結果を招くことになるのです。
 彼らが固執した或る思いとは、血筋にこだわる心、或いはそれを誇る心です。今日の不思議なお話のテーマは、血筋にこだわる心、或いはそれを誇る心に対する神様のイジワルについてです。神がイジワルするだって、そんなアホな、などと言わずに、是非お読み下さい。

 「ローマ人の物語」のなかで、この点に関して、彼ほど神にイジワルされた人もいないでしょう。その名は初代皇帝アウグストゥスです。

 アウグストゥス。日本人にとって実に発音しずらい名前ですが、8月を意味する英語・オーガストの語源となっています。7月を意味する英語・ジュライは、ユリウス・カエサルのユリウスが語源ですから、親子(アウグストゥスは養子)二代にわたって月名に採用されるという栄誉に浴したことになります。ほかにも同じ栄誉に浴した皇帝はいましたが、後世まで残ったのは、この二人のみです。
 キリスト教徒を迫害し続けた邪教の帝国と決めつけ、信者と判るとコロシアムに放り込み猛獣に食い殺させたと宣伝するキリスト教勢力も、庶民の口を閉ざすことは出来なかったようです。欧米人の集合的無意識は二人の偉大な政治家の名を後世まで脈々と伝えていたのです。
 さて、このアウグストゥスですが、暗殺されたユリウス・カエサルの又甥(カエサルの妹の孫・カエサルの母ユリアが養育)にあたり、カエサルの遺志を継いで、帝国の基礎を築きます。この帝国は後代に現れる絶対君主制とは異なる、言ってみれば現在の株式会社の組織に似た政治システムです。トップ(皇帝)は株主総会(民衆)と取締役会(元老院)の承認を得なければなりません。両者に見放されれば待つのは首、つまり死のみです。多くの皇帝が絶望の果ての死を迎えました。彼らは以下に述べる皇帝の責務を理解していなかったようです。
 皇帝の責務の第一は、広大な帝国の辺境からくり返し侵入しようとする蛮族を撃退すること。第二は帝国に張り巡らされた道路、橋、上下水道といった社会資本の充実、そしてメンテナンス。第三に、これは第二の社会資本の充実そしてメンテナンスによって確保されるのですが、流通を円滑にし食料の安定供給と経済の活性化を図ることに尽きます。
  この政治システムは後代の絶対君主制とは全く異なります。実はこの絶対君主制は、キリスト教を国教とするために尽力し、大帝と尊称付きで呼ばれるようになった皇帝コンスタンティヌス帝から始まります。彼は煌びやかな王冠と絢爛豪華たる衣装に象徴されるローマ帝国皇帝という近寄りがたいイメージと共に、その絶大な権力は神から与えられたものとする王権神授説を定着させることに成功したのです。そしてこの新たに創設された政治システムがキリスト教とともに暗黒の中世へと続いてゆくのです。

 それではアウグストゥスの事例を紹介いたします。以下、時代を下りながら、アウグストゥスが何を考え、どう行動したかについて、塩野女史の記述をなぞるだけにします。神が彼にどんなイジワルをしたのか、十分にお分かり頂けると思います。

 まず、オクタビア、ユリア、ティベリウス、そしてドゥルーススの名を記憶に留めてください。オクタビアはアウグストゥスの姉、ユリアは唯一の実子で、この二人が後継者に恵まれなかったアウグストゥスの血の継承という願望の拠り所になります。そしてティベリウス、ドゥルーススはアウグストゥスが生涯愛しつづけた妻リヴィアの連れ子です。この4人がお話の軸になりアウグストゥスを翻弄するのです。いや、翻弄されたのはこの4人だったかもしれません。
 以下、焦点を出来る限りアウグストゥスの私生活に絞り、さらに箇条書きにします(括弧書き「」は原文)。
  
 1 最初の悲劇
  紀元前23年、40才のアウグストゥスに悲劇が襲います。「彼にとっては、甥であり、婿であり、後継者第一候補であった、姉オクタビアの息子、マルケルスの突然の病死です。一人娘ユリアを嫁がせ、指導者としての成長を期待していた若者は、二十才の若さで、子も残さずに去ってしまった」のです。

 2 マルケルスの喪が明けて
  「16才で未亡人になっていたユリアは再婚した。夫は17才当時にカエサルの配慮で付けられて以後ずっと、アウグストゥスの軍事面での協力者でありつづけたアグリッパである(当時40才)。アグリッパはすでに姉オクタビアの娘マルチェッラと結婚していて一人娘をもうけていたのだが、アウグストゥスはそれを離婚させ、娘ユリアと再婚させたのだった」
  「アグリッパとユリアの結婚は、血の継承ということでも成功だった。二年後には長男の誕生、その三年後には次男も生まれる。アウグストゥスは四十三才で祖父になった」
  二人の孫の誕生はアウグストゥスを狂喜させます。彼はそうそう二人の孫、ガイウス・カエサル、ルキウス・カエサルを養子にします。カエサルが自分を養子にした先例をまねて後継者であることを暗に表明したのです。
 しかし、運命とは皮肉なものです。アウグストゥスは虚弱体質で、しかも終生不眠症と胃痛に悩まされました。これに対し頑強な肉体と精神の持ち主であるアグリッパは、間違いなく自分より長生きするものと思いこんでいたのですが、ユリアとの結婚後6年目にして亡くなってしまいます。

 3 アグリッパの喪が明けて
  アウグストゥスはかけがえのないアグリッパという協力者を失いました。アグリッパは申し分のない中継ぎになるはずでした。孫、ガイウスとルキウスの父親であり、政治・経済・軍事全ての面においてもアウグストゥスの良き理解者だったからです。
  アウグストゥスは早急に中継ぎを立てる必要に迫られ、アグリッパの喪が明けると、ユリアを、愛妻リヴィアの連れ子、ティベリウスに嫁がせます。これが更なる悲劇を生むことになるのです。

 4 何故ティベリウスなのか
  愛妻リヴィアの連れ子は二人いました。ティベリウスとドルーススですが、弟のドゥルーススはアウグストゥスの姉オクタビアの娘と結婚し二男一女を儲けています。この二男はアウグストゥスの血の継承という悲願からすればガイウスとルキウスに次ぐ後継者候補ということになります(アグリッパが死んだ当時は、まだ生まれていませんが)。ドゥルーススは、いわば我が身内だったということです。
  これに対し、ティベリウスは盟友アグリッパの娘と結婚し、その妻との間に儲けた一人息子の父親でした。しかし、アウグストゥスは、その盟友アグリッパの娘との離婚を迫ったのです。
 「ティベリウスが幸福な結婚をしていようと、一歳の息子の父親であろうと、そんなことは血の継承に執着するアウグストゥスは問題にもしなかった。三十才(ティベリウス)と二十七才(ユリア)の結婚ならば、子も多く生んでくれるにちがいない。アウグストゥスの願いは自分の血を引く男子になるべく多く恵まれることに尽きたのである」
 そしてもう一つ。それは中継ぎ候補も一人よりは二人のほうが安心できたということです。何故ならこの二人の兄弟はゲルマニア戦線で常に先頭に立って戦っていたのですから、いつ何時命を落とすかもしれなかったからです。

 5 ドゥルーススの死
  愛妻リヴィアの連れ子、ドゥルーススが順調に推移していたゲルマニア(現在のドイツ)制覇行半ばにして不慮の事故で亡くなります。弱冠29才の若さでした。
  「アウグストゥスは公共の利益のためには私情をはさまない人でもあった。もしも、ドゥルーススが無能であったならば、愛しもしなければ重用もしなかったであろう。ところがドゥルーススは、有能であったのだ」「アウグストゥスをはじめとするローマ市民たちが彼の死を悲しむのは当然だが、被統治民であったガリアの人々までが、若き統治者の死を心から悼んだのである」
  アウグストゥスは皇帝となるべき二人の孫の有力な中継ぎの候補の一人を失ったことになります。この時ガイウス12才、ルキウス9才でしかありません。まして、「周囲を見回しても、軍団を率いて帝国の防衛戦の確立に寄与できるのは、ティベリウス一人しか見あたらなかったのである」という状況となっていました。

 6 ティベリウスとユリア
  「再婚当初はそれでも結婚生活を幸福にする努力はしたようである。だが、何かが決定的な面で夫婦は合わなかった」「子も、生まれはしたがすぐに死んだ。それが機になったように、夫婦は寝室を別にした」「このようなことは、家事奴隷の口を通して広く知られてしまう。ティベリウスが前線勤務に専念するのも、皇帝の娘との夫婦仲の悪さが原因と、人々は噂した

 7 アウグストゥスとティベリウス
  二人を離反させた大きな要因は、二人が同じタイプの人間であったことだと思います。二人とも非常に誇り高き男達でした。アウグストゥスは神君カエサルの後継者であるという誇り、そしてカエサルの遺志を継いで、困難ではありますが共和制という特権階級優遇政治に革命をもたらす新たな政治システムを構築しているという誇りがありました。
 一方、ティベリウスは、家系の古さならカエサルのユリウス一門に一歩ゆずるにしても、国家ローマに貢献した人材をより多く輩出したクラウディウス一門であるという誇り、そしてそれ以上に軍事面の実績、将兵達を心酔させ統率する力量に対する誇りがありました。この点に関しては、アウグストゥスはカエサルが睨んだとおりまったく冴えがありません。
  そして、将兵達を心酔させるリーダーの最も大きな特徴はストイックであることです。しかしながら、アウグストゥスもストイックであることには人後に落ちない人物だでした。似たもの同士は惹き合いもしますが、一つ間違えれば互いに反発し合うのです。その間違いをアウグストゥスは犯していました。
 ストイックな人間は、自分の運命は自分で切り開くという強い信念と誇りをもっています。ティベリウスにとって、時の権力者によって無理矢理離婚させられたことに対する屈辱感と、彼が離婚を言い渡さざるを得なかったアグリッパの娘に対する思いは生涯消えることはなかったと思います。
 ティベリウスはアウグストゥスから与えられていた全ての権力と地位を投げ捨てて、ロードス島に隠棲してしまいます。この時、ティベリウスがユリアと離婚していれば次に述べる悲劇は避けられたと思います。離婚しなかったのはティベリウスのアウグストゥスに対する復讐だったと僕は考えています。

 8 ユリアの醜聞
  僕がティベリウスの復讐だと思った根拠を述べます。ユリアは時の最高権力者の一人娘です。夫の地位は、父の権力によって与えられ保たれているに過ぎません。女の依存性の高い生き物です。夫の地位が自分の偉さと勘違いする社宅の主婦達の実体を知ればこのことはよく理解できると思いますが、それが自分の父親はローマ帝国の最高権力者なのですから、勘違いも甚だしいものになるはずです。
  つまり鼻持ちならない厭な女だったに違いありません。ユリアが男女関係で結婚当初から奔放であったかどうかは分かりませんが、もし、ティベリウスが離婚したなら、待ってましたとばかり次なる夫を寝室に連れ込むことは明らかで、ユリアは37才とはいえまだ自分の孫を生んでくれるかもしれないと期待するアウグストゥスを喜ばせるだけです。だからこそ、ティベリウスは離婚しなかったのだと思うのです。  

 皇帝の一人娘の淫らな行状が人々の恰好な噂になり、父親のアウグストゥスは「はっきりした形でこの問題を処理せざるをえない状態になって」いました。皇帝の権力を行使して離婚を成立させることも出来たのです。ですが、それをやると自らが元老院にごり押しして成立させた「ユリウス姦通罪・婚外交渉罪法」を、自ら破ることになり、ストイックなアウグストゥスはそれが出来ません。
 アウグストゥスは「ローマ法で認められている家父長権を行使することで、法の平等の施行を実践」したのです。
 「ユリアの個人資産の三分の一は没収され国庫に納められ、父のアウグストゥスからの遺産相続権も剥奪された。そして、ナポリの西方70キロの会場に浮かぶ小島パンダテリアに、終身の追放と決まり、それも厳格に実行された」。

 9 ルキウス・カエサル(孫)の死
  「58才になっていたアウグストゥスは(唯一の中継ぎであるティベリウスに逃げられ)やはり焦っていたのかもしれない」。ガイウス・カエサルが15才の成人式を迎えると、「もはや世襲を意味すること明らかな一事を、元老院に認めるよう求め」ました。それは「15才になるガイウスが5年後に執政官に就任できるように、予定執政官になることの承認だった」のです。
  当然、弟のルキウス・カエサルもこのローマ法にないアウグストゥス創設の予定執政官でした。そして執政官は軍事に精通していなければなりませんので、その経験をつませるためにスペインに派遣されたのですが、その途上のマルセーユで病気になり、18才の短い生涯を終えたのです。

 10 ガイウス・カエサルの死
  ルキウス・カエサルの訃報に接し、絶望の淵にあったアウグストゥスに、「次いでもたらされたガイウスによるパルティア(東方の仮想敵国)との相互不干渉協定の調印の知らせが希望を取り戻させ」ました。とはいえ、そこにこぎ着けたのはアウグストゥスがガイウスの顧問役として付けたロリウス一人の成果であることも、ガイウスが協定式のお飾りに過ぎなかったことも、アウグストゥスは知っていたはずです。
  ガイウスは夜毎の饗宴にうつつを抜かす日々を送っていたのですが、口うるさい顧問役ロリウスを自死に追い込みます。そして「お目付役から解放されたガイウスの行動の支離滅裂さが誰の目にも明らかになったのは」アルメニア遠征行の時です。
  アルメニア王国との交渉に臨んだまではよかったのですが、ガイウスの高慢な振る舞いが住民を怒らせてしまい、「親ローマに傾きつつあったアルメニア王家をも脅かす勢いの暴動にまで発展し」、「保護者ローマに対するアルメニア側の信頼は地に落ちてしまった」のです。
  軍団を放り出したガイウスは祖父に、一私人に戻りたいと手紙を送りますが、「これをひきとめるのに苦労するアウグストゥスの手紙は、厳正な上位者のものではなく、孫を甘やかす祖父のものでしかなかった」といいますから、信念と忍耐の権化とも思えるアウグストゥスも、老いてただの人になったということでしょう。
  紀元4年、ガイウスは「小アジア南西部のリチアに滞在中に死んだ。刃傷がもとの病死であったという。二十三才にも達しない前の死であった」

 11 ティベリウス復帰
  「ガイウス・カエサルの埋葬をすませてまもなく、アウグストゥスはティベリウスを養子に迎え」ます。「テッィベリウス昇格を知った世間は、血縁の後継者すべて(?)に死なれていまったアウグストゥスが、やむなく決断した後継者人事と受け取」りました。「何故なら、六十六才の老皇帝は、四十五才のティベリウスを養子にしたと同時に、娘ユリアから生まれた男孫の中でただ一人残っていた十五才のアグリッパ・ボストゥムを養子にしたから」です。  

 12 新たな後継者候補ゲルマニクスの登場(本名:ユリウス・カエサル)
  ティベリウスは、弟ドゥルーススの遺子である、十八才になっていたゲルマニクスを養子に迎えます。「もちろんアウグストゥスが、それをするよう求めた」からで、それはゲルマニクスの「母が、アウグストゥスの姉、オクタビアとマルクス・アントニウス(クレオパトラと浮気していた夫)との結婚で得た娘のアントニアだから」で、アウグストゥスの姪の息子ということになるからです。
  この段階で、皇帝候補の序列は以下のようになります。
  ティベリウス         四十五才     
  アグリッパ・ポストゥムス  十五才
  ゲルマニクス         十八才

 13 家族の不祥事
  十八才になっていたアグリッパ・ポストゥムスは、当時パンノニア・ダルマティア線役のただ中でしたから、祖父アウグストゥスにしてみれば唯一残った直系の男孫に初陣を飾らせるには絶好の機会でした。ですが、祖父は、孫を戦線には送らなかったのです。
  「皇帝の孫の凶暴な振る舞いが誰の手にも負えなくなり、祖父であり養父でもあるアウグストゥスがこの孫を送った先は、パンノニアの戦場ではなく、ナポレオンの最初の流刑地として有名になるエルバ島の南西十四キロ海上に浮かぶ、プラネシア島でした」。
  家庭内の不祥事はこれで終わりではありません。翌年、「今度は女孫のユリアを島流しにするしかなくなった」のです。罪状は、母ユリアの時と同じ、奔放すぎる男女関係」でした。女孫ユリアを子供達から引き離してまで島流しに処したのですから、七十才を越えた老皇帝の怒りと恥の深刻さが窺えます。

 14 最後の執念
  「それでもなお、アウグストゥスは、あきらめというものを知らなかった」ようです。姪の息子であるゲルマニクス(34才で毒殺される)に、「直系の孫で唯一人問題も起こさずに育ったアグリピーナを嫁がせ」ました。このハトコ同士の結婚からは、三男三女が生まれることになり、その中の一人が三代目の皇帝になるカリグラであり、カリグラの妹の腹からは、五代目皇帝になるネロが生まれています。
  このアウグストゥスの最後の執念が、後世まで悪名をはせることになるカリグラとネロを出現させ、ネロの自死をもってアウグストゥスから100年近く続いたユリウス・クラウディウス朝は幕を閉じることになります。
 
 如何でしたでしょうか、何か不思議な気がしてきませんでしたか? 塩野女史は最後にこう述べています。

 妄執は、悲劇しか生まないのだ。古代の人々の考えでは、あくまでも運命を自分の思い通りにしようとする態度は”謙虚さを忘れさせ”、それゆえに神々から復讐されるからであった。

 宗教的なことは滅多に述べない塩野女史も、思わず古代の人々の考えに仮託して神々を引き合いに出しているところをみると、やはり僕と同じように不思議を感じたのかもしれません。
 僕は、女史の言葉、”謙虚さを忘れさ”せる傲慢(謙虚さの反対語)さが、それだけで罪であると何度も述べてきましたが、血筋にこだわる心そのものに、神々の復讐を呼ぶ何かがあるような気がするです。
 たまたま今、僕は何度目になるかは定かではないのですが、「ローマ人の物語」の3巻目を読み始めたところです。またアウグストゥスと同じように血筋にこだわる心、或いはそれを誇る心を持つ人々に出合うと思います。その時には、また皆さんに、その人々が辿る運命を紹介したいと思います。
   
  

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