普通のお話No14  愛しのボスニア・ヘルツェゴビナ 

        

たまたまテレビで「サラエボのロミオとジェリエット」という番組を見まして、二人の過酷な運命に思わず涙しました。実話をもとにした再現ドラマで、こんなお話です。

 イスラム教徒とキリスト教徒の二人。内戦の続くサラエボで、愛を貫くために葛藤し、運命に逆らい続けます。それでも、宗教の違いを乗り越え、周囲から祝福されて結婚までこぎ着けるのです。しかし、状況は日に日に悪化し、二人はとうとうサラエボからの脱出を決意します。
 二人は肩に銃を掛けた民兵の友人に先導され国境の橋の見える丘に辿り着き、息をひそめています。友人が辺りを窺うのですが、山も谷も静寂に包まれていました。友人の合図で二人が小走りに谷を降り、そしてようやく橋の半ばに達しようとした、その時、銃声が鳴り響いたのです。そして折り重なる二人の遺体。この映像だけが実写です。僕は二人の遺体を直視することが出来ませんでした。

 この時、僕はもう一つの悲劇の物語を、あの日本人妻の哀しみに満ちた瞳を、思い出したのです。やはりボスニア・ヘルツェゴビナ紛争当時、今から18、9年前でしょうか、こちらは今まさに進行中の実写だけのドキュメンタリー番組でした。

 ボスニアの若い夫婦。夫はクロアチア人だったと思いますが、目の涼しげな青年で、妻が日本人だったのです。取材に入った日本のカメラマンが、たまたま日本人妻と出会い、その家族を訪ねたところからドラマはスタートします。そして、カメラマンが取材で国境を越えるたびに、とぎれとぎれにその消息と、この妻の辿った過酷な運命を追うという形で話が進行するのです。思い出しただけで、泣き虫な僕の目は涙で潤んできてしまいます。

 あの番組の幾つかのシーンが脳裏に焼き付いています。まだ、紛争が激化する前、幸せそうな家族を訪ねた一人の日本人カメラマン。日本人に初めて出合ってはしゃぎ回る子供たち。家族の写真を撮り、必ず郵送すると約束して別れたのです。
 そして、次の場面は、市民兵達の墓所。カメラマンは一つの墓の前で息を飲みます。そこにはカメラマンの送った、あの青年と日本人妻の二人の映った写真が添えられていたからです。
 カメラマンはサラエボに日本人妻と二人の子供(上は女の子、下は男の子と記憶しています)が残されたことを知り、外務省に三人の保護を働きかけますが、外務省は紛争地域であることを理由に動こうとしません。
 カメラマンは日本人妻を捜すために危険を冒して激戦地域へと入り込みます。そして、日本人妻と再会するのです。
 抱き合う二人。いや、日本人らしく二人はただただじっと見つめ合い、再会の喜びを確認するよう頷きあっていただけでしょうか? 記憶が曖昧なのですが、信じられない再会の喜びに震える日本人妻の潤んだ黒い瞳だけは覚えています。そしてカメラに向ける二人の子供の不安そうな瞳も。

 画面が変わって、北海道のお爺ちゃんに連れられて遊園地ではしゃぐ二人の子供と、彼らを見詰める日本人妻がいます。その後に続く彼女の独白が僕の胸を打ちました。
「私たちだけがこんなに幸せでいいのでしょうか?」
 この言葉を聞いて僕の目からどっと涙が溢れました。彼女のその寂しげな眼差しを見て、遺された者の悲しみは何処にいても消えることなく、あの絶望の大地をさまよっている、そう感じてしまったのです。

 今、 彼女が、そしてあの子供たちが、どうしているのか、知るよしもありません。ただ、時間だけが癒し源であるとすれば、あれから、18、9年も経っているのですから、彼女の悲しみも少しは薄れ、きっと幸せに暮らしていると思うのです。
 ただ、一つだけ気になることといえば、あのカメラマンは、もしかしたら彼女に恋していたのではないか、だからこそ戦場をさまよい彼女の消息を訪ね歩いたのではないかというと言う点です。
 二人が幸せそうに暮らす姿を勝手に想像し、一人でほのぼのとしている自分が気付き、苦笑いすることがありますが、そんな風な気になるのは、二人が互いに深い縁で結ばれていたからですし、その縁がなければ、あの人の心を激しく揺さぶるようなドキュメンタリーは誕生しなかったと思うのです。
 

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