普通のお話No5  頼りない介護者たち   

         
 父が脳梗塞で倒れて以来、妻と娘が父の面倒を看ていた。父は体が大きく、小柄な妻一人では支えきれず、娘の助力が必要だった。母は父同様高齢で要介護三。私達は、この家を安藤老人介護センターと呼んでいた。
 奇妙な話だが、妻は父の夭折した妹とそっくりだった。祖母の残した古いアルバムを発見し、父の妹の写真を見た時、私達は思わず驚きの声をあげた。娘は「何だかんだ言っているけど、お母さんはお爺ちゃんの面倒を看る運命だったのよ」と言ったが、妙に辻褄があっているような気がして皆を納得させたのである。

 その騒動が起きたのは、僕が普段より早目に家に帰った時のこと。ドアを開けると、奥から妻と娘の騒ぐ声が聞こえた。奥へと急ぎ襖を開けると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。ベッドの横で、妻が仰向けの父の下敷きになってもがいている。
「アユミ、何とかしてよ」
 妻が父の肩の下から顔を出し叫んでいる。その時、笑い転げていた娘のアユミと目があった。
「お父さん、ジャストタイミング。二人を起こしてやって。私には重たすぎて無理」
と言って、尚も笑い転げている。僕もつられて笑い出しそうになったが、妻の必死な形相を見て何とか堪えた。
 妻はもがきながら、ようやく現れた救いの主に助けを求めた。
「パパ、早くして、押し潰されちゃう。全くアユミの役立たず」
「何言っているのよ、私だって必死でやったんだから。お母さんの指示が悪いから、こんなことになったんじゃない」
「よく言うわよ、アユミが私の指示通り動かないから、転んだんじゃない」
「だって、ああしろこうしろって矢継ぎ早に言われても、体は一つなんだからいっぺんに動けるわけないじゃない」
 女二人の言い合いが続く中、父の「助けてー、助けてー」というか細い声が聞こえる。ベッドから車イスに移す際の不手際でこのような羽目に陥ったようだ。

 その父が逝って2年が過ぎようとしている。今、肉体を離れた父は、頼りない介護者から解放されほっとしているだろうか。いや、父にとってもあれは忘れられない出来事だったはずで、折に触れあの場面をほのぼのと思い出しているに違いない。そして痴呆になっても忘れず、折に触れ口にしていたあの言葉を二人に贈っていることだろう。「どうもありがとう」と。

HPランキングにご協力をお願いいたします

    精神世界
inserted by FC2 system