普通のお話No6  オモロイ話1   

        

親父編


「どうして入院したのか覚えていないの?」

「全然覚えてない」

「脳梗塞をおこしたんだよ。痙攣して大変だったんだ」

「ふーん、どうしてその時、死ななかったんだろう」

と首を傾げる。どうも、その時に死んでもよかったのにと思っているらしい。

 

 市役所の担当者が介護認定にきて親父に質問した

「ご飯はご自分で食べているのですか?」

「そうだよ、別に餌付けされているわけじゃないし、自分で食べてるよ」

 ユーモア、それとも単なるボケ?

 

「えっ、明日退院なんだ、良かった」

 親父、毎回感動してしてくれるのは嬉しいのだけれど、まだ10分しかたっていない。もう五回目だぜ。

 

「お母さん、昨日来たでしょう?」

「えっ、本当、全然覚えていない」

「しょっちゅう来てるよ」

「へー、こんなになっちゃた男でも、旦那だと思って来てくれてるわけだ」

 ほのぼのとした顔はボケ、それとも惚気(のろけ)?

 

 父は耳が遠いのでメモを書いた。

「お父さんは脳溢血を起こしました。煙草は脳溢血を誘発します。死んでもいいのですか?一日一本にしてください。昼食後の一本だけ」

オヤジに確認のサインをさせ、その日は終えた。翌日会社から帰ってそのメモを見ると、サインの下にオヤジのメッセージが書いてあった。昼寝の前に書いたらしい。

「最後の一本 美味しかった。では、みなさん、さようなら」

翌日、さらにその下に書き込みがあった。

「なかなか昼にならない。困った。寒いから、また寝るか」

 

 テレビのドキュメンタリーで琵琶湖の風景が映し出されている。親父がお袋に聞いた。

「母さん、そういえば琵琶湖って何県だったかね?」

「琵琶湖ってあの滋賀県の琵琶湖?ちょっと待って、私、地理は大の得意なの。ちょっと待ってね。えーと」

 二人は思い出そうと頭をひねっていたがとうとう思い出せない。お袋が最後に言った。

「地理は大の得意だったけど・・・老いには勝てず・・・か」

滋賀県の琵琶湖?ってすぐさま答えたのだから、やはり大の得意なのだろう。



認知症の親父の話。親父は戦時中爆撃機に乗っていた。日本初のジェット機だったそうだが、終戦の頃は燃料も少なく、ジェット飛行も制限させられていたそうだ。
 本土決戦に備え、米軍の爆撃を恐れ、日本中を逃げ回っていたと言う。親父が目をしばたかせ回想する。「ジェット噴射が始まると、そのGはすごかったぞ」と言う。G…?ああ、重力のGか。親父理科系、僕文化系。

 

居間に下りて行くと親父が言った。

「淳、俺、忘れてちまったんだ」

「何を?」

「何をって?」

「だから、何を忘れたの?」

「だから…、何を忘れたか、忘れちまったんだ」


 

風呂からあがったので着替えさせた。ぷーとささやかなオナラをこく。親父宣わく。「号砲一発。出発侵攻」

オナラ症の親父が若かりし頃、そう言って皆を笑わせたのだろう。ふとした瞬間、往事の言葉が口を突いて出る。不思議なものだ。

 

 親父の輝いていた頃。

「淳。整備兵って言ったって、最新飛行機の整備兵だ。パイロットと同じ扱いだったんだ。絹の白いマフラーをなびかせ、タラップを降りるんだ。あの頃の俺ってカッコ良かったなー」

オシメの親父が言う。


 出かけようとする僕にお袋が言う。

「ぐーぐーいびきかいて寝ているけど大丈夫かね?」

「昨晩、寝てないじゃない、まったく夜昼とっちがえて・・・」

 僕は玄関を出て車に乗り込む。突如携帯の音。ポケットから携帯を取り出そうとすると、ストラップの紐が切れた。不安な気持ちが胸をよぎる。
 エンジンを切り、再び家の中に。長椅子に眠る親父の頬を指でつっつく。薄目を開け、親父が口を開いて言う。

「おう、淳か?ところでここは何処だ、天国か?」

チッ…、心配して損した。


 もっと面白いことを言っていたのですが、思い出せません。メモをとっておけば良かったつくづく思います。

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