ケイタイの向こう側の友へ

     

第三章 

 高橋営業本部長と安西営業部長は週末の営業部主催のゴルフコンペの打ち合わせに余念がない。二人はゴルフのこととなると仕事中であろうとなかろうと夢中になってしまう。高橋は社長派の重鎮だ。生き残りを賭けて、四方田はこの男にすり寄った。好きでもないゴルフに夢中になっている素振りをしてきたのだ。しかしその必要がないとなれば、ゴルフに対してはむしろ嫌悪感さえ抱いている自分に気付いた。高橋の声が響く。
「おい、四方田、どうしても出られないのか?」
「申し訳有りません。親戚の法事ですから」
 勿論嘘である。先行きに見通しがないのなら、ゴルフなどまっぴらご免だった。必死でご機嫌をとろうとした自分が惨めで浅ましいとさえ感じたのだ。そこに下水道課の課長、水谷が通りかかった。
「ちょうどよい処にきた。おい、水谷、人数が足りないんだ。今週末何とかならないのか?」
水谷が困ったような顔で答える。
「勘弁してくださいよ、本部長。年度末ですよ、先週だって土日出勤ですし、しばらく家にも帰っていないんです。行きたいのはやまやまですけど、そんな暇なんてありませんよ」
「その割には、毎日酒、かっ食らっているって聞いたぞ」
「私の唯一の安らぎの時間を取り上げようというのですか?飲まなきゃ眠れませんよ」
「そうだな、分かった、お前はいい。仕事きっちり決めてくれ」
 水谷は近くのサウナで寝泊まりしていた。ワイシャツがよれよれで襟の辺りが薄汚れている。四方田が立ち去ろうとする水谷に声を掛けた。
「水谷さん、僕の誘いを断ってるくせに、毎日酒、かっ食らっているんだ?」
「おいおい、四方田、違うんだ。仕事終わってサウナに行くほんの少し前に飲むだけなんだ」
慌てた様子に、四方田は笑いながら答えた。
「分かっていますって、僕だって水谷さんが仕事終える深夜まで待ってなんていられませんよ。もう少し暇になったらまた飲みに行きましょう」

 水谷は四方田より2つ下だが、四方田を呼び捨てにする。それには訳がある。ある日、水谷から話があると酒に誘われた。店に入り席に着くなり水谷が頭を下げたのだ。
「四方田、じゃなくて四方田さん、悪かった。てっきり俺の方が年上だと思っていたんだ。それが今日、社員名簿をみていたら、四方田の生年月日が載っていてびっくりしたよ。兎に角、呼び捨てにしていて悪かった。今後は四方田さんって呼ぶから」
 何の話かと思えば、そんなことかと四方田は呆れた。というより、水谷の礼儀正しさに感動を覚えた。そんなことで、今日は奢るからと言って酒に誘い、まして頭を下げる人間など、どこの会社にもいなかった。たとえ年上であろうと、部下であれば呼び捨てにするのが部下掌握のバロメータとする会社まであった。四方田は水谷に好感を持った。
「水谷さん、そんなこと全然気にしていません。今まで通りでいいですよ」
「そうはいかないよ、四方田、じゃなくて四方田さん。日本の伝統文化は守って行かなけりゃ。今の最悪な世相は、その日本の伝統文化が廃れてきた証拠なんだ。分かるか、四方田、あの何とかという漫才コンビが年上や先輩の頭をこづくのを見るたびに、はらわたが煮えくりかえる。あれっ、今、俺、四方田って呼び捨てにした?」
「ええ、しました。でも、急に呼び方を変えられたら僕の方が違和感を感じちゃいますよ。今まで通り、四方田って呼び捨てにしてください。四方田っていうあだ名だと思えばいいじゃないですか」
「そうだよな、もう十年近く呼び捨てにしてきたんだもの、急には直らないか。堅苦しく考えず、四方田っていうあだ名だと思えばいいか」
と言うわけで、水谷の四方田に対する呼び名は四方田に定まったのである。


 四方田は営業管理課長だが、北関東事務所長及び新潟事務所長を兼務している。北関東事務所は元ゼネコン営業マンが副所長をしているので任せきりだが、新潟事務所は女性事務員が一人いるだけなので、月に一度営業に出掛ける。
 社長一派はこの事務所閉鎖を画策している。女性事務員は大学生の息子と二人暮らしの母子家庭だから、何とかしてあげたいと思うのだが、四方田にそれを阻む力はない。
「今度の新潟出張は何時になるの?」
 水谷の声でパソコン画面から目を離して周りをみたが誰いない。真後ろに人の気配がした。頭皮に痛みが走った。水谷が白髪を抜いたのだ。
「四方田も苦労しているな、白髪だらけだ」
「この会社じゃ、技術屋はともかく俺たち事務屋は気配りしてやっと首をつないでいるありさまだ。白髪も増えるさ。そうそう、新潟の件では打ち合わせしようと思っていたんだ」
「さっき連絡があったんだけど、新潟市役所から俺が使っている下請けの担当に電話掛かってきたってよ。また設計変更がでたみたいだ。下請けの海老沢が来週の金曜日に新潟市役所に行くらしい」
「ちょうど良い機会だからその海老沢さんと一緒に打ち合わせに出ることにするよ。」
「そうだよ、新潟市役所の下水道課で唯一残っている建設係の石井さんと顔つなぎしておかないと」
「顔つなぎはしているさ、何度か名刺を渡してもらって、カウンターまで呼び出している。石井さん、いつも困ったような顔するけど、貸しは返してもらわなけりゃしょうがないからね。今度は、石井さんの上司にも出席してもらおう」
 四方田はその場で石井に電話を入れると、海老沢と同行すること、そして相談したいことがあるので上司の同席をお願いした。電話を置くと水谷が心配顔で言う。
「ちょっと強引じゃないか。官製談合で逮捕者まで出たんだから、職員もぴりぴりしているんじゃないかな?」
「大丈夫、もう事件から1年半も経っているんだから」

 新潟市役所の下水道課には1500万の貸しがある。それは2年ほど前の、四方田の前任者の時代のことである。新潟市初受注の仕事は納期前に完成し、無事成果品をおさめたのだが、その一月後、水谷は下水道課から呼び出しを受けた。
 水谷が駆けつけると、下水道課の担当者がいきなり頭を下げたという。建設工区の順番が変わったため、全面的な設計変更が必要となったと言うのである。政治家の天の声が出たのだ。来年度最発注するので、急ぎ設計に着手して欲しいと言う。
 水谷は二年連続の受注になると思いほくほく顔で仕事に取りかかったのだが、思わぬ事態に冷水を浴びせられることになった。新聞紙上をにぎわす新潟市官制談合事件である。この事件で市職員二名の逮捕者がでた。その後、下水道課の職員は課長をはじめあらかた他部署に移され、唯一下水道課建設係の石井が残されることになった。石井は下っ端の職員だ。

 結局、発注されぬまま仕事は続けられ、急かされつつ図面が上がるたびに納品した。新年度予算で発注するという約束は、職員が世間をはばかり一社指名に踏み切れず反故にされてしまった。たとえ今までのように10社指名にしたところで市職員が業者にこの会社に受注させろとは言えないし、ましてその頃、指名回数で受注を決めていた談合組織は跡形もなく消え、業者は激烈な過当競争へと突入していたのだった。

 今は黙って静観するしかない。1500万はその時の貸しである。しかし、いずれは談合組織が復活し、元の秩序を取り戻す。それまでの間に、指名回数を増やして指名順位を上げておく必要があった。

 その時、高橋営業本部長と安西営業部長が帰り支度をはじめた。連れだって出口に向かうが、安西が振り返り、
「例の店にいるから、後から来い」
と声を掛けてくれた。
 安西は四方田に高橋営業本部長と同席する機会を頻繁に作ってくれる。社長擁立の立て役者である高橋と気脈を通じさせようとしているのだ。しかし、それが無駄な努力であることは四方田自身が良く知っていた。高橋と四方田との間には深い溝ができているのだ。その溝を作ったのは他ならぬ四方田自身である。

 店に入ってゆくと二人は小上がりに座って、ひそひそと額を寄せて話し合っている。高橋は四方田に気付き話をやめた。安西が手招きする。テーブルに着くと、高橋が不機嫌そうな顔でビールの小瓶を持ちあげ、四方田は慌ててコップで高橋のお酌を受ける。
「お前、また新潟に行くんだって?確か先月も行っただろう。いいか、今、会社は大変な時期なんだ。経費節約は至上命令なんだぞ。せめて3月に一回くらいにしろよ」
「申し訳有りません。ですが、先だってもお話ししまし通り、例の件で確約を取っておきたいのです。担当者の上司も出席するというものですから」
「下水道課長か?」
「担当者には出来れば課長に出て頂きたいとは言いましたが、課長は忙しいと素っ気なく言われてしまいまして、担当者の口振りでは恐らく課長補佐だと思います」
「ほー、課長補佐か、まあまあだな」
一瞬にして高橋は機嫌を直した。高橋は、最初は常に四方田に対し高飛車にでる。心のもやもやを吐き出さずにはいられないのだ。
 四方田は5年前高橋と大喧嘩して北関東事務所に追いやられたことになっているが、実のところ「あんたの下ではやっていけない。北関東事務所に異動させてくれ」と言ったのは四方田のほうだ。その直後、高橋が専務室へ駆け込む後ろ姿を見ている。正直に言えば毎日残業残業の公団関係の営業の生活に疲れ切っていたのだ。
 しかし、そうなると四方田がやっていた見積書作成の仕事が宙に浮いた。そのことで高橋は技術部から突き上げを食らったらしい。高橋が何度か北関東事務所に来て、四方田に本社に戻るよう説得したが、四方田は拒否した。勿論辞令が出れば戻るつもりでいたのだが、何故か辞令が出たのは3年後のことで、電算に明るい人材として管理課長に抜擢されたのだ。
 高橋は暴言を吐いた部下を許し、何とか上手く使おうと思っているようだが、傷ついた心はそうたやすく癒えるものではない。とは言え、社長一派に同調し、四方田いじめに荷担するつもりもないらしい。それは、安西が高橋に営業管理課の仕事は四方田以外にやれる人間がいないと吹き込んでいるからだ。それともう一つ、思い当たる節がある。高橋は、安西の口車に乗せられているのだ。安西はこう囁いているはずである。社長に取って代われるのは高橋しかいないと。
 実を言えば、四方田はその陰謀に一縷の望みを抱いていた。高橋は、口は悪いが、社長と違って情があり、その情も細やかだ。それこそ上に立つものの最低限の資質なのだ。社員としては首を切られるのであれば、首を切る側にいる人間には、せめて涙を飲んでもらいたい。

「おい、聞いているのか、四方田。さっきからぼーっとしやがって」
高橋の声にはっと我に返る。
「えっ、ええ。国土交通省の三次OBが採用出来そうだということですよねー」
国土交通省に実績の少ないこの会社は、直接ではなく民間を渡り歩いたノンキャリアOBしか採用できない。
「馬鹿、それは一つ前の話題だ。やっぱり聞いていなかったな、何、ぼけっとしていたんだ。そんなことだから、社長の目の敵にされるんだぞ。いいか、お前にも関わる話だ。新潟事務所は風前のともしびなんだよ」
「やはり、社長は新潟事務所を閉鎖するつもりですか?」
「新潟事務所だけじゃない、北関東、横浜、秋田事務所も同様だ」
「うーん、なんとも言いようがありませんね、まさに最悪の縮みの構造ですよ。例によって社長の営業無用論が大手を振って歩き出したってことですか?これからは技術営業一本ってわけですね、何とも鼻息の荒いことです」
ここで、安西が口を挟む。
「このあいだ、プロポで5000万の仕事を受注しただろう。あれから急に技術の鼻息が荒くなった。社長はあの通りの人だから極端から極端に走る。しかし、営業所を廃止すればますます受注減に拍車をかけるのは目に見えてる。だから、俺は事務所を残す方向で常務会に提案するつもりだよ」
「まさかレンタルオフィスなんて言うんじゃないでしょうね」
これを聞いて高橋が目を剥いて怒鳴った。
「何が、まさかだ。なんか文句でもあるのか。営業部長が常務会に提案するのはそのまさかなんだよ」
逆らってもしょうがない。閉鎖よりましとするしかない。四方田は矛を納めた。


 新潟市役所での交渉は上首尾に終わった。技術者同士の打ち合わせ終了後、四方田は話を切り出した。課長補佐も石井もぴくりと体を浮かせた。最初は言い訳に終始していたが、しまいには先任者が申し送りしていたらしく、課長補佐がご迷惑をお掛けしましたと頭を下げてくれた。ただもう少し時間が欲しいという。勿論待つのは覚悟の上であったから、交渉の結果は吉と言うほかない。

 帰りの車の中、新潟事務所の新井文恵は興奮気味に四方田を持ち上げる。「営業ってああゆうことなんですね、勉強になりました」と得心したように頭まで下げるのだが、その言葉は四方田におもねるような響きがある。新井の必死の思いも分かるが頭を下げる相手を間違っている。

 つい半年前、四方田は新井を泣かせた。その時、新井はこう言ってあらがったのだ。「私は事務員として雇われたんです。営業としてではありません」と。新潟事務所閉鎖は以前から噂に上っていた。四方田は危機感を募らせ、新井に今までのような名刺配りだけではなく、もっと積極的な営業に生まれ変わらせようとした。

 毎月出張に来れば、国土交通省の出先機関の副所長の部屋まで新井を連れて挨拶をさせた。副所長はノンキャリアの最高ポストで、指名業者、受注業者選定、或いはその根回し等、汚れ仕事を引き受け、キャリアの所長を護る。四方田は副所長にこう言った。
「副所長、ご迷惑でしょうが、毎月一回、この女性が挨拶に参ります。名刺を置いて、ご指名お願いしますと、ただご挨拶するだけですが、たまには声を掛けてやってください」
 新井が泣いて抗議したのはその時である。これまで受付に置いてある名刺受けに自分の名刺を入れて歩く気楽な仕事であったが、これからは直接副所長室に入って挨拶することになるのだ。しかし、それも手遅れだったことになる。何故なら新潟事務所の閉鎖は既に決まってしまったからだ。

 仕事を早めに切り上げ、馴染みの居酒屋へと向かった。四方田は感情が顔にでる質だ。険しい雰囲気に何かを感じ取ったのだろう、新井は不安そうな顔でついてくる。暗澹とした思いが四方田の胸を締め付ける。いずれ、自分も同じ運命を辿るのだ。
 席に着くといつものように生ビールとつまみを注文し、ウエイターが去るのを待って重い口を開いた。
「今日は、実は話さなければならないことがある」
新井の顔が一瞬にして青ざめる。茫然自失として視線が定まらない。覚悟を決めろと、四方田はその視線を捕捉する。睨みあった。逃げていても始まらない。人間はどんなにきつい現実にも向き合わなければならない。
「新潟事務所の閉鎖が決まった」
口をぽかんと開けたまま、四方田を見詰める。唇がわななき、その瞳は見る間に涙で溢れた。そして、ひーと言う悲鳴ともつかない声を上げ、両手で顔を覆いテーブルに突っ伏した。そして何度もしゃくり上げている。
 四方田はただ彼女の興奮が納まるのを待つしかなかった。仕舞いに新井は「こんなのいやー、こんなのいやー」と泣き喚く。しばらくして、新井がその顔をあげた。溢れる涙にマスカラが溶け、目尻を黒く染める。新井は恥も外聞もなく涙声をあげた。
「噂は本当だったんだ、所長ー、新潟事務所が閉鎖だなんてあんまりだー、あんまりだよー」
「ああ、噂は本当だった。私が力不足で申し訳ない、何と言ってよいのか…」
四方田は頭を下げた。
「新潟事務所が終わりだなんて信じられない。悪い夢を見ているみたい。でも、私、どうしたらいいの。息子はまだ大学二年生よ。大学を辞めろって言うの。そんなこと言えない。私には絶対に言えない」
四方田の目にも涙が滲む。気付かれぬよう人差し指でそれを拭った。
 そんな愁嘆場にも容赦なくビールと料理は運ばれてくる。顔見知りのウエイターが目を伏せるようにして料理を置いてゆく。
 泣き疲れたのか、新井は顔をあげ、おしぼりで顔を拭う。マスカラの黒いシミも綺麗に拭き取った。そして深呼吸を繰り返した。
「くやしいなー所長、後2年ですよ2年。2年したら、息子も自立する。その直前にこんなことになるなんて。神も仏もあったもんじゃないよ」
「辛い2年間になるけど息子さんのために新井さんがしっかりするしかない」
「へん、人のことだと思って気楽なこと言うんじゃないよ」
「人ごとだなんて思っていない。近い将来、私も同じ運命だ。社長はそのつもりさ」
「うまいこと言って、どうせ課長は高見の見物なんでしょうが」
「別に信じなければ信じないでもいい。いずれ時がくれば分かることだ」
「本当に?」
「嘘を言ってどうなる」
 しかたなく、昨年暮れ社長の言った一言、そして、9月には希望退職者募り、年末には指名して退職勧告が出ることを話した。安西の情報だからこれは確かだ。
「アンチクショー、あいつが社長になって何もかも変わった。社員の給与カットをしておいて、役員報酬をあげるなんて、どういうことよ、えっ、どういうつもりなのよ」
 新井の怨嗟の言葉が延々と続く、しまいには四方田も同調し二人で社長をこき下ろした。所詮負け犬の遠吠えだと分かってはいたが、言わずにはいられない。
「所長、で、事務所の閉鎖はいつなんですか?」
「今年の9月末。事務所は電話代行に移行する。そして名刺配りにはアルバイトを雇うことになっている。新井さんが引き受けてくれるのなら、事情も知っていることだしお願いしたいと思っている」
「時給幾らなんです?」
「言いづらいのだが…800円だ」
見る見るうちに新井の顔が怒気で赤く染まる。ぎらりと目を光らせ憤怒の形相を帯びた。
「何らてばって800円?冗談ではねー、そんなものどこの者がやるものけ。そんな収入で親子二人、学費まで出してやっていけるってか、冗談ではねぇわ」
地を丸出しにして吠えた。ポケットからハンカチを取りだし、涙を拭う。そのハンカチもしまいには涙と洟でくちゃくちゃになった。なさけねー、なさけねーと繰り返す。
「まあ、落ち着け、退職金は20%色をつけるそうだ。それに半年は失業保険が出る。本当なら失業保険給付期間中はアルバイト禁止だが、俺が何とか、ばれないように上手くやるから、次の職場が見つかるまで、やったらいいじゃないか」
 新井はきっと四方田を睨み付けると、手を伸ばしジョッキを掴んで口に運ぶ。四方田もならって一口飲んだ。新井はごくごくと喉に流し込む。一気に飲み干すとジョッキを乱暴にテーブルに叩きつける。テーブルが乾いた音をたてた。新井は諦めたような表情を見せ、そしてしみじみと一言呟いた。
「人生、何が起こるか分かりませんよね。まったく本当に一寸先は闇だったわ」

 新井は公団の新潟支局の仕事のためだけに雇われた現地社員である。四方田の会社の前の社長は公団からの天下りであり、たまたま前社長は早稲田で四方田の先輩であり、高橋同様ゴルフ狂だった。
 四方田がゴルフの練習を真剣にし始めたのは、この前社長の庇護を受けようとしたからに他ならない。当時専務であった今の社長から身をまもるためにはそれしか途がなかった。しかし、新井の言うとおり、人生、何がおこるか分からない。前社長の権力の後ろ盾であった公団のボスが失脚し、見る間に受注が下がり始め、社内での力を失っていったのだ。
 現社長の専務から社長への昇格は、前社長を顧問に落とし、公団から新たなキャリアを副社長に迎える下地が整ったからに他ならない。キャリア、ノンキャリアの天下りを口汚く罵っていた四方田に、運命は皮肉をもって報いたのだ。何事にも、或いは誰に対しても、憎みすぎるのは、良い結果をもたらさないということなのか。その日二人は酔いつぶれた。

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